気ままに誤読録

著者の意図とは違うかもしれないけど、自分なりの気づきを「誤読」として紹介していく、そんな読書ブログです。

幸せな職場の経営学(前野隆司)を読んで、改めて今後の企業経営はいかにこれまでの定石からシフトできるかだなと思った話

ライフシフトとほぼ同列の優先度で、私の関心領域である幸福経営。

前野さんの幸福学に関する本はこれまで何冊も読んでますが、幸福学に経営を組み合わせた「幸福経営」という視点について、一旦自分の頭も整理しておくという意味合いも込めて、最近でたこの本から感じたことを書いてみたいと思います。

 

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「なぜ幸福学がにわかに注目されているか」のおさらい

 

幸福な人生を歩むためには?を追求し解き明かした学問ですが、昨今にわかに注目されているのは、仕事へのパフォーマンスとの関連性だと思います。様々な調査から、よく言われるのは生産性は1.3倍、創造性は3倍になるということ。また、あるデータでは離職率も51%下がるとのことです。

 

そして注目されていることの裏をかえせば、

  • これから日本は人不足がどんどん進んでいくのに、ホワイトカラーの生産性は超低いし、離職率も高くなってる(解雇規制の強い大企業除く)
  • これからVUCAの時代に入っていくのに、今まで重視してこなかった創造性なんてどうやって上げればいいかもわからない

という課題が目の前に迫っているからですね。

 

そしてそして、ホワイト企業大賞に見られるように、幸福経営を実践した結果、業績を伸ばしている企業も増えてきています。

 

これまでの日本企業の多くは、ティール組織の文脈でいうところのオレンジ組織。上意下達の指示系統で、極端に表現すると、仕事とは苦役、報酬は苦役の対価、という価値観の中において、これまでの定石と逆を行く幸福経営について

 

「社員が幸せになって、業績もあがる」なんてほんまにありえるんか?

 

と、興味を持ちつつもにわか信じがたくて一歩踏み出せない、そんな企業さんがちょくちょく出てきている感じじゃないかなと思っています。

 

 

なぜ日本企業の社員は生産性が低いのか

 

前野さんが「誰もが知る日本の某大企業の社長さん」とお会いした時の話。

 

幸福学や社員の幸福度について前野さんがお話ししたところ、その社長さんは

「社員が幸福になることの意味がわからない」

 と仰ったそうです。そして続けて

 「会社は利益を出すことが最優先であって、今、各社が働き方改革をしているのは日本のGDPを上げるためでしょう」

 とも仰ったそうです。

 

これ、幸福学的な考えにどっぷり浸かっている人にとっては、ギョっとする言葉かもしれませんけど、まあ世間的には普通ですよね(笑)

私も前職時代、経営企画的立場で社内の幹部クラスが議論する場に同席したことは何度もありますが、その場では空気感的に幸福経営の「こ」の字も絶対出せないです、はい(^^;)

 

でも、そういう価値観で体と心に鞭を打ちながら頑張っている企業の社員さん、どんな表情をしているでしょうか?会社でどんな言葉を発しているでしょうか?

 

この本には前野さんが実際に大企業社員さんたちと話した印象が書かれており、それはかつて同じところに身を置いていた私の感想としても全く同感です。

 

ところが今、大企業の一人ひとりに話を伺うと、正直に言って、なぜか幸せそうではない方が少なくありません。

規模の大きい企業の社員ほど笑顔が少なく、閉塞感を感じているような印象を受けます。ご本人はそう感じないかもしれませんが、それ以外の人と比べてみると明らかです。

戦後の高度成長からバブル時代、そしてリーマンショックを経て、失われた数十年を経験する間に、職場のストレスと不幸が鬱積しているように思います。

 

1980年代までの一人当たりGDPが右肩上がりで伸びていった時代は、あまり難しいことを考えなくても、ひたすら上位下達の指示系統で邁進していれば結果が出て経済的にも豊かになっていったので、それなりに満足感のある時代だったんだろうと思いますし、チーム戦で結果が伴うことにより職場の一体感という「心の充足度合」も高かったんだろうと思います。

 

が、今は事業環境がすっかり変わってしまい、環境と戦略があってないから業績も伸びないというのは多くの人が認識されていると思いますが、そこの打開策が、実のところ幸福経営にあるのだけれども、やり方は「上位下達の数値第一主義」から離れられていないので、働く人は疲弊し、生産性も低くなる、そういった状況に陥っているのだと思います。

 

ここで、「会社は何を第一優先に考えるべきか?」といういわばコペルニクス的転換を果たせるか、すなわち幸福経営にかじを切ることができるか否か、この先の企業業績の成否を握ると思いますし、そんな企業の事例として、この本では、伊那食品工業、ヤフー、ダイヤモンドメディア、ユニリーバが取り上げられています。

 

 

幸福経営とは「楽することではない」

幸福経営というスタイルがなかなか浸透しない背景として、「言葉からのイメージ」も影響しているんじゃないかと個人的には思います。

 

「社員の幸福を第一に考える経営」と言われると、「社員に楽をさせる」という意味合いでとらえる方も多いのではないかと思います。

 

でもそれは違います。

 

幸福経営も上意下達的な経営も、どちらも仕事に厳しさを求めるものですが、そこに向かうマインドが決定的に違うんだと思っています。

「よし!やってやろう!」と思って向かうのか、「罰を避けるためのやらされ感」で向かうのか。そこの違いではないかと。

 

そしてむしろ、アウトプットへ向かう姿勢については、幸福経営のほうが真の意味で厳しさが増すと思っています。

 

これまでの上意下達な組織での仕事のやり方であれば、どうしても「やらされ感」が出てしまいますので、「顧客に対する真摯な姿勢」は失われる可能性もあります。その最悪の結果が、データ改ざんや粉飾決算などの不祥事です。

 

それが幸福経営をまじめに実践することができれば、「お客さまに心から喜んでもらいたい」「お客様に喜んでもらうために我々に何ができるか」ということをみんなで追求する組織になっていきます。そうなると、むしろ「この程度でいいか」とか「黙っていればわからない」といったような手抜きは自然と許されなくなっていくと思うんです。

 

心理的安全性」も「ゆるゆるすること」ではない

 

また、幸福経営を実践する土台としてよく言われる「心理的安全性」という言葉の意味の誤解も、幸福経営に対するネガティブなイメージに繋がっているのではないかと思います。

 

この言葉はGoogleのプロジェクト・アリストテレスから注目されたもので、忘れてはならないのはGoogleはそもそもアウトプットに対してむっちゃ厳しい企業です。

なので、幸福経営のベースとなる心理的安全性も、けっして「ゆるふわなもの」ではありません。「安心」と「挑戦」のセットであるということですね。

 

これらの「幸福学に対する誤解」が徐々に解けていけば、やってみようという企業も増えるんじゃないかな、と思ったりしています。

 

半径5メートルから始めよう

とはいうものの、事例に出てきたような「トップが幸福経営にかじをきる」という例はものすごくレアだと思います。

 

ではどこから手をつけたらいいかというと、目の前の5人、10人を束ねるリーダーが、半径5メートルの範囲で幸福マネジメントを実施していくこと。

これなら、リーダー、マネージャーの心意気1つで始められると思います。

 

実際にこの本でも、リーダーでもない一担当者が、伊那食品工業の幸福経営の本に感銘を受け、その人が周囲の仲間にエバンジェリストのごとく吹聴し、それによって周囲の仲間も影響されてマネージャーも動かし、「チーム単位のミニ幸福経営」を取り入れていったチームの業績が上がりだし、結果としてその影響が全社に伝播していった事例も書かれています。わたくしは、どんな組織でも導入できる手堅いやり方として、この進め方が王道だと思っています。

 

そして私自身としては、そのような目の前の5人、10人単位の幸福経営が増えていけるように、コミュニケーション講座という側面から、現場のリーダーさんたちをサポートしていきたいと思っています。

 

おわりにの言葉

そして最後に、前野さんからの熱いメッセージが印象に残りましたので、この言葉をご紹介して、終わりにしたいと思います。

 

「皆が困難な課題の解決のために真剣に苦悩しているときに、幸せファーストとか皆の幸せとか青臭くユルいことを言っていないで現実を見ろ」と批判されることがあります。「幸せになる前にやることがあるだろう」と。

そういう方に反論したい。

「困難な課題に苦悩する目的は、皆が幸せになるためでしょう。わかったような顔をして年寄りくさいことを言っていないで青臭くなってください」と。

 

(幸福学は)単なるお気楽主義ではなく、エビデンスに裏打ちされた学問なのです。「幸せ」「ワクワク」「ときめき」を最優先させれば、より良い組織も作れ、経営状態も良くなり、信じ合える仲間が増え、長く幸せに暮らせるのです。いいことだらけです。

これが幸せファースト。ウェルビーイング第一主義です。

 

 ということで、今回はこのへんで。